■ 伊藤数子氏プロフィール
伊藤 数子
NPO法人STAND 代表理事
株式会社パステルラボ 代表取締役社長
1991年金沢市にて企画会社パステルラボ設立。代表取締役。車いす陸上競技の観戦が契機となり、2003年から電動車椅子サッカーなど競技大会のインターネットライブ中継を開始、誰もが明るく豊かに暮らす社会を実現する「ユニバーサルコミュニケーション活動」のため2005年NPO法人STANDを設立、パラスポーツ事業を本格始動させる。「総務省u-Japanベストプラクティス」ほか多数受賞。現在、ウェブサイト「挑戦者たち」の編集長として障がい者スポーツの魅力を配信。また、スポーツイベントや体験会も開催。2014年にはボランティアアカデミーを開講。スポーツ庁スポーツ審議会委員、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会顧問、総務省情報通信審議会専門委員、日本パラリンピアンズ協会アドバイザー、広島県障害者スポーツ協会アドバイザーなども務める。
<著書>
「ようこそ、障害者スポーツへ
パラリンピックを目指すアスリートたち」廣済堂出版 2012年8月
「大学は地域を活性化できるか」共著/中央経済社 2005年
●ユニバーサルコミュニケーション活動
年齢・性別・障がい・職業・国や地域の区別なく、すべての人が持てる力を発揮し、誇りある自立を得、ともに明るく豊かに暮らす社会を実現するための活動。企業の枠や仕事の領域を超え、それぞれの立場で経営資源や得意分野を活かしながら、高齢者や障がい者や子どもたちのより豊かな生活のための活動を推進。
1991
パステルラボ設立
2005
金沢市ITビジネス大賞受賞
NPO法人STAND設立
2006
総務省u-Japanベストプラクティス 2006
日経地域情報化大賞 CANフォーラム賞
2008
MCPCアワード 特別賞
総務省u-Japanベストプラクティス 2008
石川県バリアフリー社会推進賞 最優秀賞
2009
MCF モバイルプロジェクトアワード 奨励賞
2013
総務省北陸総合通信局長表彰
スポーツ庁 スポーツ審議会委員
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問
総務省 情報通信審議会専門委員
総務省 地域情報化アドバイザー
内閣府 地域活性化伝道師
文部科学省 オリンピック・パラリンピック教育に関する有識者会議 委員
石川県 中山間地域総合対策審査委員
平成35年国民体育大会・全国障害者スポーツ大会基本構想委員会 委員(佐賀県)
広島県障害者スポーツ協会アドバイザー
一般社団法人日本パラリンピアンズ協会アドバイザー
2016年4月現在
■ コラム
初めまして。わたくしは、パラスポーツ(障がい者スポーツ)を通して、共生社会を目指す活動をしております。それは、年齢・性別・障がい・職業・国や地域を超えて、すべての人が持てる力を発揮し、誇りある自立を得、ともに明るく豊かに暮らす社会の実現です。
このNPO法人STANDを始めるきっかけをつくってくださったのも、多くの先輩方だなぁ、といま思い返しています。
2003年、私は当時住んでいた金沢市の電動車いすサッカーチーム「金沢ベストブラザーズ(以下金沢BB)」を応援しておりました。電動車いすサッカーは重度の障がいのある人も参加できる競技です。金沢BBはこの年、北陸ブロック大会で見事優勝、大阪で行われる全国大会に駒を進めました。しかし、レギュラーの1人が医師から外泊を禁じられ、大阪への遠征ができなくなりました。金沢に残るこの選手にぜひ大会の様子を見てもらいたくて、インターネットの生中継をしました。これがわたしがパラスポーツに関わる初めての出来事です。
大阪の体育館のロビーで、少し大きめのモニターで生中継のデモンストレーションをしていた時のことです。1人の男性がモニターの前まで歩いて来ました。そしてわたしたちに向かってこういったのです。
「お前ら、障がい者をさらし者にして、どうするつもりだ」
私はびっくりして腰が抜けました。男性は一言だけ言うと、そのまま去ってしまいました。「確かに、インターネットで選手たちの姿を世界中に配信している。私はもしかしたら、とんでもないことをしてしまったんだろうか」
試合が終わり、撤収しても、夜になっても、ずっとこの言葉が頭から離れずにいました。「さらし者にしていると言われた」とそればかりが口をついて出てきます。その時、この生中継チームのサポートをしてくださっていた先輩がおっしゃいました。先輩は大手通信会社をリタイアした方でした。「伊藤さんは、何度も何度もさらし者って言っているが、そもそもさらし者とはどういう意味なんだ」
わたしははっとしました。びっくりして感情が先走ってばかりで、さらし者という意味について答えることもできず、ただただ、狼狽していたのです。
調べました。さらし者とは「人前で恥をかかされた人」という意味でした。今度はわたしの気持ちは怒りに変わりました。障がいのある人を「恥をかかされた人」と呼んだということではないか。このような呼び方をしてしまう、あの男性はどんな人なのだろう、と。しかし、先輩はこうおっしゃいました。「さらし者と言った、その人を責めてもなあ。もしかしたら、選手の親御さんかもしれんなぁ」ああ、わたしはまたしても、瞬間に湧いてきた感情に支配されていたのです。
少し冷やして考えました。「恥をかかされた人」という言い方は、それにしてもおかしい。どこが間違っているんだろう。
① 間違っているのは、障がいのある人。 まさか、これはありえない。
② 間違っているのは、「さらし者」と言った男性。う~ん、そうと言い切れるのだろうか。
③ 社会
わたしは、障がいのある人をさらし者と言ってしまうのは、社会に問題があると気が付きました。時間を経て、今なら少し説明ができます。
障がいは「人」ではなく、「社会」にある
私の大好きなパラリンピック選手に根木慎志さんという方がいます。2000年シドニーパラリンピック、車いすバスケットボール日本代表キャプテンです。根木さんは、いまライフワークとして、学校を訪問して、ご自身のお話や車いすバスケの体験を行っています。体育館で、華麗にドリブルをして、スピードを上げて、そしてシュート!子どもたちの歓声が響きます。とにかく上手くて、かっこいい。その姿を子どもたちに見てもらってから根木さんは、とっても親しみやすい関西の言葉で子どもたちに聞きます。
根木さん「この中で、一番にバスケの上手い人誰やろ~~~?」
子ども 「根木さ~~~ん」
根木さん「じゃあ、僕に障がいがあると思う?」
子ども 「ない。ない。ない。」
こんなにバスケが上手くてかっこいい根木さんに、子どもたちは誰も障がいがあるとは思えないのです。根木さんは続けます。
根木さん「せっかくみんなと友達になったんだから、一緒に給食食べへん?」
子ども 「食べる!」
根木さん「みんなの教室、何階?」
子ども 「3階~~~」
根木さん「OK!じゃあ、エレベーターの場所教えといてな、後で行くから」
子ども 「し~~~ん」「エレベーター、ない・・・。」
根木さん「そうか~。階段だと、僕は3階に上がれへんなあ」
こども 「階段じゃあ、根木さんが教室に来られない・・・」
根木さん「そうやなぁ・・・。みんな、障がいはどこにあるんやろ?」
子ども 「階段!!!」
根木さんは、車いすバスケで子どもたちを魅了し、そして障がいに気がつく機会をつくり出しているのです。つまり、障がいは「障がい者」と呼ばれる「人」にあるのではなく、「階段」にあるのです。車いすに乗った根木さんと子どもたちの間には、階段という障がいがある。障がいは「人」にあるのではなく、「社会」にあるのです。
全ては先輩が気づかせてくれた
2003年の大阪の体育館に戻ります。「さらし者」と呼んでしまうのは、障がいのある人に問題があるのではなく、そのようなことを言ってしまう「社会」の側にある。私には明確にそう思えました。ならば、パラスポーツのインターネット中継をもっともっとやろう。衛星中継で、松井やイチローが大活躍しているのを誰もさらし者と言わないのと同じように、パラスポーツの中継をみても誰も言わない社会になるまで。これが、パラスポーツにかかわるきっかけとなりました。その後2005年に、NPO法人STANDを設立したのです。
「さらし者」と言われ、感情的になっていたとき、またそんなひどいことを言った人を攻める気持ちになっていたとき、次の道へと導いてくださったのは先輩たちでした。「さらし者」の意味を調べたから、そう言ってしまうのは、どこに問題があるかを考えてみたから、道が切り拓かれていったのです。
始めてみると、パラスポーツに対して、社会は思ったより冷たく、STANDの道のりはそれほど簡単ではありませんでした。東京パラリンピックへの社会の変化もあって、11年経ったいま、少しずつ少しずつ、前に進んできました。STANDの理事には、このとき多くのことを教えてくださった先輩たちが名を連ねてくださっているのはいうまでもありません。
先輩のみなさまへ、どうぞこれからもたくさんのことを教えていただけますように。そのお力をいただけるよう、私の方からどんどんと無理難題を持ち込むつもりでございます。
■読後の感想
「さらし者」という言葉を聞いたときの衝撃はいかばかりであったかと容易に想像できます。しかしその後、この言葉の意味合いをしっかりと受け止めながら様々な角度から見つめ直し、最後に社会そのものの在り方に問題があるということに到達するまでのプロセスを克明に表現されており、いかにも伊藤さんらしい前向きのお気持ちがこのような結論に到達されたのだと、心より敬服いたしました。
特に根木さんと子ども達のやり取りの場面で、「障がいはどこにあるんやろ?」との問いかけに子供たちがすかさず「階段!!!」と答えるシーンには、思わず目頭が熱くなってしまいました。
伊藤さんを中心としたNPO法人STANDの活動が必ず2020年の東京パラリンピックの成功につながることを信じてこれからも応援してまいりたいと思います。(田中記)