第10回
〜 歌の出世物語: ≪本編を飛び出し世界のスタンダードになっていった映画音楽≫ 〜 〜
スクリーン憧子

 映画の持つ面白さはまずストーリーであるがその映画が帯同している音楽も捨てがたい個性を持っている。ミュージカル映画のようにある時は音楽が最初から主役になってストーリーはそれに従うという場合もあるものの、音楽の役割は映画のためにストーリーを盛り上げ肉付けするための存在というのが通常である。
 ところがその脇役である音楽が意外に愛され根強く生きていきやがて音楽だけが独り歩きをして、あるものは世界のスタンダードナンバーに成長して存在感を放つ事例があるのが面白いところである。
 スタンダードナンバーとしての地歩を築くまで長い時間を要するので映画ははるか昔の作品となってしまうことが多い。
 今回はこの当初は脇役だった映画音楽が世界のスタンダードという主役に育っていった例、いわば「歌の出世物語」ともいえる作品のいくつかを紹介しようと思う。
 対象となる映画音楽は、モナ・リザ、オールザウェイ、夜も昼も、マック・ザ・ナイフ、ラブミーテンダーの5曲である。

1. モナ・リザ

 原典となる映画は「別動隊」(1950年米国作品、原題:Captain Karey, U.S.A.)
 主演はアラン・ラッド。名作「シェーン」の3年前の作品で彼自身の知名度も低かったし映画の印象も強くない。しかしこの映画でアカデミー映画主題歌賞を受賞したこの「モナ・リザ」という名曲は現在に至るまで世界中で愛唱され特にナットキングコールの代表的なレパートリーの一つになっている。
 ところがこの映画の中でナットキングコールが歌っているのではない。映画の舞台は第二次大戦下のイタリアで地元のレジスタンス活動家が敵兵が近いという危険を知らせるため暗号としてほんの一番をイタリア語で歌うだけの登場であった。
 歌った本人もすぐ逃げていくという場面であり印象も薄い。しかしさすがにオスカー受賞曲だから当然レコード化が企画される。ここで面白いのは名だたる歌手たちがこの歌に乗り気でなかったという事実である。
 まずフランク・シナトラにオファーされているが彼は当時流行のスウィング・ジャズのテンポに合わぬと考えなんと断っている。次にペリー・コモ、フランキー・レーンにもオファーされているが同様断られ、ナットキングコールへと移っていった。やはり乗り気ではなかったそうだが当時幼少の娘ナタリー・コールが気に入って父コールに勧め彼なりのアレンジをして引き受けた。そしてコールのレパートリーとしてだけでなく、世界で愛唱される名曲に育っていった。
 後にフランク・シナトラが大失敗したと後悔したエピソードは有名らしい。登場後70年経った今でも世界のスタンダード曲として愛唱されている。ところが原典である「別動隊」という映画を知る人は少ない。ちなみに映画の原題「Captain Carey U.S.A.」も直訳は「ケリー米軍大尉」である。

2. 「オールザウェイ」と「夜も昼も」

 ⑴ オールザウェイ

 原典となる映画は「抱擁」(1957年米国作品、原題:The Joker Is Wild)
 主演はフランク・シナトラ。実在の歌手ジョー・E・ルイスを演じ彼が実際歌っていた曲がこの「オールザウェイ」である。シナトラの歌唱法にマッチした曲で彼の重要なレパートリーになっている。
 ジョー・E・ルイスは1930年代のシカゴで人気歌手であったが専属店の移籍が裏で支配するギャングの意に染まぬものだったため刺客を送られ顔と声帯に致命傷を与えられ歌えなくなってしまう。顔にも大きな傷が残りその後数年は姿を消している。だがピアノ伴奏をしていた相棒オースチンがジョーを探し出し懸命に再起の機会を与えようと励まし復活を勧めている。
 やっと舞台に立つようになったが昔の歌唱力は戻らなかった。劇中で「オールザウェイ」の高音部の声が出せず苦しむシーンがある。しかし苦肉の策で絞り出したジョークが大うけし以後はコメディアンとしての活動に移っていった。やがて再び歌えるようになり人気も再燃するが生来のギャンブルとアルコール好きがますますひどくなって舞台との両立を許さなかった。品の悪いヤジを飛ばす客を舞台から降りて行って殴りつけたりついには相棒のオースチンとも喧嘩別れして芸人としての人生を終えていく末路が描かれている。サミー・カーンの作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲。シナトラのレコードはミリオンセラーになりアカデミー主題歌賞を獲得した。
 余談だが、原題The Joker Is Wildはジョークを飛ばし荒っぽい生き方をした男を表現したと思える特異ながら表現力豊かなタイトルである。しかし「抱擁」という邦題はなんとも似合わない名付けではなかろうか?

 ⑵ 夜も昼も

 原典となる映画は古く、邦題は当初「コンチネンタル」(1934年米国作品、原題:The Gay Divorcee;陽気な離婚)で戦後再公開された時に「離婚協奏曲」と名付けられた。
 フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースという昔日の黄金コンビが共演して、この映画の中で歌っている。作詞作曲はコール・ポーターでこの名曲は彼の名を不滅のものにした。
 1928年にまず舞台劇として世に知られその人気のために映画化されたが舞台とスクリーンの葛藤があったため1934年の映画化には舞台で歌われた歌が多数カットされている。さらに映画「The Gay Divorcee」 では Continental という曲がこの年創設されたアカデミー主題歌賞を受賞したが Night and Day は映画の創生ではないとしてノミネートさえされなかった悲運も味わった。
 1946年にはズバリ「夜も昼も」(Night and Day)というタイトルで、監督マイケル・カーチス、主演ケーリー・グラントでコール・ポーターの伝記映画というべき内容で映画化されている。
 多くの歌手がカバーしているがフランク・シナトラが最も人気が高く彼のレパートリーになった。⑴「オールザウェイ」と⑵「夜も昼も」はともにフランク・シナトラのレパートリーとして名高い曲なのでこの2項でまとめた。

3. マック・ザ・ナイフ

 原典はドイツ映画「三文オペラ」(1931年作ドイツ映画、原題:3 Penny Opera)
 「マック・ザ・ナイフ」と言えば私の場合、米歌手ボビー・ダーリンと直結しその軽快でリズミカルな歌を思わず口ずさみたくなる・・・そしてこの曲は「三文オペラ」という映画から出て来た・・・程度の認識であった。
 ところがこの稿を書くにあたりその背景を調べていくうちに、この歌の背景にある戯曲、舞台の歴史とそれが映画化され受け入れられ何度か再映画化されたことを知り、単なる自分の趣向などで語るのは非礼であると気付き襟を正した次第である。
 さらにアメリカのボビー・ダーリンという歌手がこの曲をアメリカナイズして原曲の持つ意味を尊重しながらも洒脱で聴く者の心をつかむ現代の軽快な魅力ある歌への移行を実現し世界のスタンダードに育てていった才能に心からの敬意を表しながらこの稿を進めることになった。
 ドイツにおける一説に伝説は「ファウスト」、奇跡は「三文オペラ」というものがある。ファウストは言うまでもないが三文オペラは第一次大戦で敗戦国となったドイツが敗戦後の苦難の時期ながらヒトラーのナチスが台頭する狭間に創出された戯曲でありその映画化であり、乞食集団とその指導者が時の権力と渡り合う奇抜さと爽快感が時のドイツ人を、ひいては世界の人々を魅了した。それだけこの映画の原点となる戯曲の存在は大きいものであったと言うことができる。
 1928年ドイツで初演された舞台劇であるが本来は18世紀の英国に原作が存在するという英国古典戯曲のドイツ化だった。詳細は省略するがこの1928年の舞台劇の時「マック・ザ・ナイフ」の原曲はすでに劇中歌「メッキーメッサーのモリタート」として歌われている。

 ちなみにこの英国原作戯曲は「乞食オペラ(The Beggar’s Opera)」と呼ばれた。英国でローレンス・オリビエ主演で1953年に映画化されたときは「The Beggar’s Opera」という英国原典のタイトルだった。
 ボビー・ダーリンは1959年にジャズポップ調にアレンジした「マック・ザ・ナイフ」を発表し全米第1位を9週間記録するという大ヒットとなった。翌1960年にはグラミー賞の最優秀レコード賞を獲得している。
 歌の内容はドイツの「三文オペラ」そのままの人物、背景なのでまるでドラマの内容解説とも言えるもので軽快なリズムからは感じられないストーリー性がある。
 ボビー・ダーリンは子供の時の病気が原因で心臓機能に問題があり37歳という若さで1973年に世を去ったがその曲「マック・ザ・ナイフ」は1999年に殿堂入りするという世界のスタンダードへ成長していった。

4. ラブミーテンダー

 原典となる映画は「やさしく愛して」(1956年米国作品、原題:Love Me Tender)。エルビス・プレスリーが映画デビューした作品で、21歳の時準主役として登場した。南北戦争時の帰還兵という役で、後のプレスリー映画の華やかさとは異なるシリアスな一作である。しかし、この「ラブミーテンダー」はじめプレスリーの歌唱力は劇中に十分発揮され後に一時代を画したプレスリー映画の嚆矢となるものである。
 原曲は19世紀アメリカの大衆歌謡とされる「オーラ・リー(Aura Lee)」でこの映画の背景となる時代の歌だった。原曲にプレスリーらが新たな歌詞を創り出して歌われた。
 ビルボードで5週連続1位を記録したヒットとなり現在に至るまで世界中で歌われている名曲に育ったがプレスリーのレパートリーを代表する曲である。

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