第15回
〜 映画史に残るSF映画の傑作(その2)“2001年宇宙の旅” 〜
スクリーン憧子


既に映像オンで放映状態なのだが画面は真暗のままである。故障か?・・・いや、これがキューブリック監督の表現方法なのだと思い画面を見つめる。
3分ほど経って初めてMGMの表示が出た。地球が太陽を頭に戴いた構図がちょっと現れる・・・「ツァラトーストラはかく語りき」の交響曲演奏が入る。待つことしばし、“Stanley Kubrick”の文字がやっと登場した。さらに待つこと30秒以上、地平線と平原の描写があって“人類の夜明け(The Dawn of Man)”の文字が出た。この間聞こえるのは地平線と平原にひたすら吹きわたる風の音のざわめきだけである。

第1章 壮大、神秘の4つのストーリー
(1)400万年前、人類の知性の芽生え;モノリスの登場
400万年前の地上が映される。後に知的文明を創り出す人類の祖先はまだ猿人の群れで、時には同時代の他の動物と生活の場を共有したりあるいは手にした食物をめぐる小競り合いがあったり、ある時は見えない頭上から急襲され命を落とすシーンも描かれている。
時には同じ猿人間で少ない水場の取り合いなどの抗争が随所にあった光景が描かれる。
洞窟は住みかであり夜は共同生活する猿人たちが寝る場所でもあった。
ある朝一頭の猿人が見慣れぬ物体に気付く。これまでなかった場所に突然現れた物体、黒い四角柱モノリスだ。警戒の声をあげ仲間に知らせる発見者、たちまちうなり声をあげてその物体を取り巻き凝視する猿人たち。だが好奇心と警戒心が同居する中で猿人たちはその物体に近づいていく。
恐る恐る触れてみる猿人、遠巻きに眺め威嚇する猿人、さまざまの反応を見せながらそれが危害を加えないことを悟った彼らはやがて段々と集団で近づき、触り、撫で始めた。
猿人たちがモノリスによって初期の知性を与えられたことが、次のシーンで描かれる。
一頭の猿人が散らばった動物の骨を眺めている。何かに触発されたかのように猿人は大きい長い骨を手にし、それで眼前の骨を叩いた。その勢いで舞い上がる骨片、次いで別の骨を叩くとさらに飛び散る。ついには頭骨と思しき骨を力任せに打ち下ろす。頭骨は砕け散り猿人はさらに別の骨をたたき割る。何かを悟ったかの如くその猿人は次から次にその場の骨を叩き壊していった。モノリスが人類に与えた知性の萌芽を表わす印象的なシーンである。
この猿人群が道具の利用を知り狩猟を容易にしていく姿が短いシーンで描かれ、程なく猿人同士の水場の争いが登場する。
集団で大発声と跳びかからんばかりの動きで相手を威嚇する一群に対し大きな骨を片手に携えたもう一群は巧みに相手のリーダーを誘い出し一撃で斃す。骨を武器にした猿人群の勝利である。続く動作がこの映画の象徴的なシーンとして登場した。歓喜のあまり武器として使った骨を力いっぱい上空に放り上げる勝者・・・。

(2)月面に埋められたモノリスを探査
映画史に残るこのシーンは上空に回転しながら舞い上がった大きな骨片が緩やかに下降を始めると次の瞬間には宇宙船の本体に変わっており観客は驚愕する。ヨハンシュトラウスの「美しき碧きドナウ」が軽快に流れ一転宇宙船内のシーンになる。
船内の無重力シーンが秀逸で、CGもない時代の撮影ながら、持ち主の手を離れ浮遊するペンの姿は小さい物体であるがゆえに、観客は凝視し自分が船内にいるような疑似体験をしてしまう。程なく宇宙ステーション事務所到着の場面になりこの時初めて会話が交わされ、言葉を聞くことになる。開始後実に25分が経過していた。
宇宙評議会から派遣されたフロイド博士は密命を帯びて月面探査を行うのだがまず宇宙ステーションに到着しさらにクラビウス基地へロケット・バスで移動、さらにロケット・バスで最終目的地“モノリス発見場所”に到達する行程が短くも最先端の宇宙技術を駆使して描かれる。
宇宙ステーションでは男性1人,女性3人のグループと会い短い会話の中で彼女たちが月面基地のアンテナ調整のミッションを終え地球に帰還する一行であることが分かる。
一見観光客にも見える彼女たちの姿を通してキューブリックは基地の運営の様子をSFという構えを捨てさりげなく表現し、その手法の奥深さが漂っていた。
待ち受けるステーションの科学者グループと会い会話が行き交い、続く会議の中で博士の月のステーションを訪ねる目的、月面で最近起こった奇怪な現象などが明らかになっていく。
フロイド博士は月面で起こった現象の完全な秘密保持を全員に命じ不用意な発表は世界の混乱を招くとして状況が整うまでは全員に秘密保持誓約書の要求さえ行った。
会議後博士は宇宙船で月面へ移動し、いよいよ宇宙船から月面の広大な基地が見えてくる。この基地に球形の宇宙船が着陸する場面が圧倒的な先進技術の存在を表現する。着陸の振動で発生する脚部の揺れがアブソバーの働きで緩和され、砂塵が舞い上がるシーンのリアルさに後世の専門家も舌を巻いたという。キューブリック監督の構想・制作・撮影技術の高さの証明である。
ここで漸くフロイド博士と船長の会話が月面の地図を挟んで交わされ、異変は強力な電波を発する物体が月面地下から発見されたということだった。
地質学的にはあり得ない事で、仮に隕石だとしてもこれ程の強力な磁力はない・・・これは意図的に埋められたものでそれも400万年前だということが間違いないというものだった。
宇宙服を着た6人の科学者がその物体に近づいていく。すでに物体の周辺は広く掘り下げられ一行は坂道を下りその物体“モノリス”に近づいていく。
ためらいながらモノリスの表面に触れる姿は400万年前に猿人が初めて遭遇したモノリスに触れる様子に酷似していた。
記念写真を撮るためにモノリスの前に並ぶ一向に撮影者がもっと中央へ集まるよう合図を送ったその時宇宙服の中にビビーッという強烈な電波音が流れ悶絶する科学者たち・・・

(3)木星探査の旅、HAL9000コンピューターの乱
18ヶ月後木星探査計画が始まっている。飛行する宇宙船の姿が球形の頭部から長い胴体を経て最後部に至るまでゆっくりと映し出され巨大な船体と重量を持ちながら宇宙空間を無重力浮遊する姿は圧巻、静かにゆるやかに伴走するがごとくハチャトゥリアンの「ガイーヌのアダージョ」が流れる。この作品の構想の大きさと同時に緻密さを目の当たりにし観客は異次元の世界に招き入れられ息をのむ感がある。
続いて船内の様子が映し出される。生活の場は10メートル以上はある幅を持った円形の回転体の中である。
引力と同じ効果を遠心力が与える訳だが、乗員の一人副船長のフランクが短パンのアスリートスタイルでシャドウボクシングをやりながら回転体の内側を回る姿がまず現れる。徐々に天井に向かって移動し完全に逆さまになって動き続けるというこれまで観たこともない姿に観客は衝撃を受ける。
引力が地表に対して常に垂直方向にかかっているという生活と重力のかかり方を自然とする観客は幾度となくキューブリックに揺さぶりをかけられ通常の感覚は動揺してしまう。
順々に宇宙船の内部が紹介されていき、船内で日常の活動を行うのはフランクの他はボーマン船長のみで、3人の科学者たちは顔が見えるだけの白い容器に入って人工冬眠中で、木星に接近したとき冬眠から醒め木星探査を共に行うことになっていた。
6人目の乗員としてHAL9000コンピューターが紹介される。この映画の制作年度は1968年で、当時のコンピューターの実際のレベルは現在と比較し遥かに低レベルであるはずだがキューブリック監督は既に現在のコンピューターの能力を予見しその能力をこのHAL9000に与えている。
その先見性とそれを具現する創作力、技術力にキューブリックの並々ならぬ能力が感じられた。ただ当時彼の構想を実現するような映画界はじめ世の中の技術力はなかった。キューブリックは無理を承知でスタッフに難題を与え自分の理想の形を彼らが創り出すことを命じ、期待した。技術者たちは困苦の果てにそれを実現させた。これについては後述する。
HAL9000は人間の頭脳の働きを迅速、正確に再現できる能力を与えられていてその高い能力は宇宙船の運行管理、乗員の健康管理、人工冬眠中の科学者3名の生命維持装置の管理すべてを受け持っていた。
地球を出発後3週間目のこのスペースラボ・ディスカバリー1号と地球とのインタビューシーンがあり乗員との対話のあとのHALとの対話が興味深い。HALはインタビュアーの問に対し自分の能力への自信とこの任務への誇りを堂々と述べた。
HALとフランクがチェスを対局するシーンが出てくるが少々腕には自信があるフランクが理路整然としたHALの指し手に敗れてしまうシーンが登場する。
これはつい数年前の現実として日本の将棋界で実現したA Iの能力が斯界の名人をも破るという正に2020年を予見していることになり当時はだれもそのような能力を考えなかった時代でのキューブリック監督の洞察力があったということが出来るだろう。
しかし無欠を誇るHALがAE35という重要な構成品の故障予測を誤ったことでボーマンとフランクはHALに疑念を抱いた。この経緯・情報は地上司令部へ送付され司令部はHALと双子の同性能を持つ他のHALコンピューターに判断させるとディスカバリー1号に搭載されたHALコンピューターのミスと断定される。だがHALは世界に3台製作されているHALコンピューターは絶対に間違いを起さないと断言しそれは「ヒューマンエラー(人為的ミス)」によるものであると主張する。
完全無欠であるはずのHALに誤謬があったことは完全に信頼できないことになる。責任回避ではなくそう信じ込むところに危険があると感じた二人はHALの目が届かない場所を選び、作業艇のポッドの中に入りHALとの連結をすべて切った上で二人だけの協議を行う。
その内容はHALが現在担当している全領域から高等中枢機能部を切り放して地上制御に移行し低位の自動制御システムだけをHALに管轄させようという内容だった。
しかしそのやり取りは唇の動きを読む読唇術でHALによってすべて解読されていた。
HALの攻撃が密かにクルーに対して始められる。船外活動に出たフランクは作業中に急に苦しみだしやがて動きも止まってしまう。緊急救助活動を救命艇で行ったボーマンが追跡後、艇のアームにフランクをかかえて船内に戻ろうとしてHALにドアを開くよう命じるがHALは答えない。
何度も命令した後HALはやっとボーマンに「開けることは出来ません。」告げる。
「何故だ?」とのボーマンの問に「お分かりのはずだ。あなた方の秘密の相談は唇の動きですべて読み取っている。あなた方は私の回路を切断しようとしているがそれではこの重大任務が果たせなくなる。」
やむなく意を決したボーマンはフランクの体をアームから放棄しHALが宇宙ヘルメットがなければ助からないという危険な船内への再突入を試みる。
船体への再突入を果たしたボーマンはそのままコンピューターの中枢に入り込みHALの知能中枢をつかさどるスイッチを次々に切ろうとする。
ボーマンの意図を知ったHALが近づくボーマンへ謝罪し、引き留め、「落ち着いてください。私がミスを犯しました・・・」と懇願するシーンが哀れでもありまた人間が完敗しない姿にほっとする場面でもあった。
将来確実に起こるであろう人間対コンピューターの戦いである。頭脳中枢を切られたHALが徐々に意識を失って朦朧となり「デイジー」を歌いながら白痴化していく姿に何故かほっと安堵を感じるものがあった。
当時はコンピューター自体が巨大な構造だった時代である。大きなHALの頭脳中枢部門の中で浮遊しながら全色コバルト色の中で回路を切っていくボーマンの姿は観客には想像だにできなかった息をのむ光景だった。
HALの無力化が終るとすぐ用意されていた秘密の指令が流れる。木星に接近した時点で自動的に発するよう組み込まれていたもので前述のフロイド博士が指令する。
極秘命令の内容は「18か月前、地球外にも知的生命体が存在することを発見した。それは木星に向かって電波を発している。人工冬眠中の科学者3人は通常の状態に復帰し木星探査に入れ」という内容だった。
すでにフランク亡く、人工冬眠中の3科学者もHALの反乱によって生命を絶たれており聞いているのはボーマン船長ただ一人だった。

(4)永遠の未来へ
全2時間28分の中の最終場面となる28分間はこの映画の象徴となるファンタジックな構成で荘厳な未来の世界を窺わせようとしている。
宇宙船が飛行する姿は一切現れずただ光の中を突き進む印象として表現される。ファンタジックでもあり宇宙での高速移動を感じさせる目まぐるしい場面転換が続く。ある時は宇宙空間を、星雲の中を、ある時は巨大山脈の上空や島々を滑空するイメージでひたすら木星を目指して飛行する姿が光速で到来し過ぎ去る光の流線で強調されている。
高速移動にともない、揺れて振動する苦しげなボーマン船長の顔が幾度か登場し、その目がクローズアップされ、瞳が画面いっぱいに広がりまばたく。
不意に画面はロマネスク風の室内に変わり、白く硬い床や古い様式の調度品が並ぶ室内をゆっくり回遊しながらやがて老いたボーマン船長が宇宙服の姿で現れる。音楽はなく苦しげな息遣いが聞こえるのみでボーマンの歩く姿も完全に老人のそれであった。
隣室では黒いコートを着たボーマンが食事をしている光景があるがやがて立ち上がり宇宙服の自分を見るような視線を投げかける。さらなる奥の部屋には死期が間近となった100才近いボーマンがベッドから見上げているのは再び現れた「モノリス」の姿だった。
手をゆっくり伸ばしその物体、モノリスを指さすボーマン、やがて宇宙に浮かぶ水と大気の地球が現れ、まだ胎内と思える幼児の姿のボーマンがゆっくりと回転しながらその地球を眺める壮大なシーンで終わった。

第2章 「2001年宇宙の旅」がもたらす限りないトピック
(1)公開当初は酷評された作品、しかし一転、
最初の試写会で映画会社の重役たちは不安と怒りでピリピリしてこの作品と相対している。
4年の歳月と莫大な製作費をかけた上、遅れに遅れてようやく完成した作品である。前例のない構想と理解困難なストーリーに関係者の評価は最悪で、途中退場する者もいたらしい。
さらに公開当初この理解できない難解な作品は一般客にも不評だった。キューブリック自身も満身の自信を持っていたとはいえやはり、気になるのは当然で一般公開の開始時は劇場の前で待ち受けて観客の様子を見ていたらしい。そしてキューブリック自身がしょっぱなの不評を落胆の気持で眺めていたようだ。
しかし状況が一変した。その急変のきっかけはディスクジョッキーのラジオでの語りかけだった。彼は聴取者に「すごい映画だ、見に行けよ、行かないと後悔するぞ・・・」と真剣に勧めたらしい。映画館で観た若者からの反応が瞬く間に拡がり我も我もと映画館に押しかけた。こうなるともう手が付けられない。映画館前に出来た長蛇の列が当時の記録写真で残されている。
『公開50周年記念』と銘打った催しが2019年のアメリカで開催されたほどの超ロング人気を保ち、名作の一つに加わったというだけでなく映画の歴史の中で最高の作品との位置づけさえなされるようになった。多くの若者がこの映画で啓発されその後の人生の方向付けを行い科学技術進化に携わる人たちへのモチベーションを与えるに至った。
NHKBSプレミアムは公開50周年を機に企画した「アナザーストーリーズ」でこの間の状況や製作時の苦労、関係者間の軋轢をよく伝えている。以下少々引用させていただきたい。
インタビューに登場するキューブリックの長女カタリーナ・キューブリックが当時の若者たちからキューブリックへ寄せられた手紙などを引用して状況を語っている。
「キューブリックさん、考えや感じ方を強制しない映画をありがとう。あなたが映画を作りましたが意味するところは私たちが担います」
若者はこの作品を斬新で勇敢な映画として評価した。彼らは解説を聞きたいんじゃなく映画を観てボーマン船長と同じ不思議な体験をして未知の世界に興奮したかったのである。
「父はこの手紙をとても喜んでいたはずです。」とカタリーナは語っている。

(2)アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックとの協調と相克
知的生命体が地球外に存在する・・・という強い信仰で共鳴するキューブリック監督とSF作家アーサー・C・クラークがそれを具現化しようとして共作は出発した。映画のタイトルでも脚本は二人の連名になっている。
地球外生命へのあこがれ・・・その強い思いを共に持っていた二人の協調からスタートしたのだが映画作成に入るとことごとく対立するようになっていった。
ストーリーを分かりやすく説明すべきであるとしてナレーションをほぼ全篇に亘って作成したクラークの意見はキューブリックによってことごとく排除された。
分らせるのでなく、見せて考えさせ、驚かせる映像のみが必要なのだと考えるキューブリックは極端に言葉が少ない映画を作り上げた。作品の難解さの原因でもあるがそれはキューブリックの狙いでもあった。二人の激論は時には12時間にも及ぶことがあったらしく原作者アーサー・C・クラークは仮借ないキューブリック監督からの要求を受け続け遂には自身の尊厳にまで迫る攻撃を受けたと伝えられる。
映画評論家ピアース・ビゾニーは「2001宇宙旅行」(2001 Space Journey)という著書でこの作品の特長、舞台裏の経緯やエピソードを発表している。特に映画の結末をどうするのかというのが最後の最難関の問題であった。アーサー・C・クラークは共作の最後の山場を創出するために苦しみぬいたようであるが終局はボーマンが胎児に還って軌道上に浮かぶという構想にたどり着きキューブリックとの一致を見たと伝えている。

(3)モノリスとは?その役割は?
キューブリックはモノリスを人類の進化の鍵として描きたかった。太古の人類は地球外生命と接触し知性を得たのではないか・・・地球外生命体の存在を信奉するキューブリックのモノリスへ込める思いは強い。モノリスを登場させたこともこの作品がSFの最高傑作とされる所以である。
何故400万年前に類人猿の前に現れ知性を与え月面に埋められたのか?ヒントは月が地球に一番近い天体だということである。進化を続ければいつか地球を出て他の天体に行くようになるあの猿人群がそこまで進化できたかどうかを診断するセンサーだった。400万年ぶりに太陽光を浴びたモノリスは、強力な信号を木星に向けて発したのである。
意外なことに「アナザーストーリーズ」によると当初のモノリスはピラミッド型に想定されていた。当初アクリルで作ろうとしたが、アクリル業者が「巨大な形は作れないが、たばこの箱のような形なら作れる」とのことで巨大なアクリルを作った。
だが持ち込まれた巨大アクリルを見たキューブリックの一声は「片付けろ!」だったらしい。
しかし透明色が黒色に変わり地球外生命体は無機質がいいとキューブリックに思わせたのは次項で述べる前項美術監督のトニー・マスターズである。キューブリックを上回る粘りと説得で最終のモノリス像が決定した。
最近の報道でアメリカの砂漠、アフリカ、ルーマニアなどにモノリスが登場したことが伝えられるが公開後50年経った今でも世界中に熱烈なファンがいることが分かり親しみを感じさせる。

(4)製作、撮影、技術者の苦闘
「キューブリックは常に、すべてに質の高い完璧なものを要求してきた。しかも誰も観たことがない未来の世界のもので、当然イメージもなかった姿を創り出すよう命じたのだ。」と美術責任者ダグラス・トランブルは50年後の今回顧している。
このトランブルは後にSFの傑作「未知との遭遇」も手掛けた実力者だが当時はまだ20代の若者だった。だが若者の弾力的な発想がキューブリックの常識を超えた要求に応えた。
第1章 ⑷の木星へ飛行する異次元の世界を高速の光の流れで表現しているがコンピューターグラフィックもない時代に実現させたのは見事である。
写真カメラで移動する光を長時間露出で撮影すると光の残像が映るという特徴を使った方法を思い付きキューブリックに進言し同意を得た。何千回も繰り返した試行錯誤の結果、歴史に残る作品の画期的な映像美術、木星へ向かう高速移動を表わす光の流れの圧倒的な映像を創り出した。
宇宙飛行ロケットをデザインしたハリー・キングは実際にNASAのデザイナーだった人物である。当時はまだ形さえ存在していなかった宇宙船体というキューブリックの要求を科学的にもデザイン的にも革新的な形で生み出していった。
また前項の美術監督のトニー・マスターズも今までにない世界の見たこともないものを作れというキューブリックの命に応えた。
初めは直立している女性乗務員が円周形の内側を時計回りと反対方向に歩きながら徐々に上っていき真横になって歩き遂には逆さまになって歩くシーンや、第1章⑶で述べたように、フランクがシャドウボクシングをやりながら回転体の内側を走り、徐々に天井に向かって移動し遂には完全に逆さまになっていくシーンなど過去に観たことがない光景が迫真のリアルな画面で登場し観客は息をのみ自己の常識が覆される思いだった。
まず最初にキューブリックの奇想天外な構想があって、それをいかに時間がかかろうとも過去に例がない設備を考え出し、作り、映像として実現していった技術陣の粘りと高い能力に敬服する。

(5)極端に少ない会話
開始後3分近くが真暗の世界で音もなく、やっと言葉が画面に登場するのは実に25分経過後であることは前章1の⑵の前段で述べたがストーリーの4部門のうち28分間を占めるストーリー⑷もまた全く会話がない。
作品全体に言葉が少ない。宇宙の静寂さに呼応するように映画自体極端に音と言葉を抑えている。「美しく碧きドナウ」が流れている時だけが平穏で安全な時間であることを告げている。キューブリックは作品全体に言葉を可能な限り抑制するという思想を堅持しており共同作成者のアーサー・C・クラークが作家という特性からこの難解な作品を言葉によってできるだけ理解させようとする考えとは完全に対立した。そしてキューブリックが押し通しその結果として成功したと言うことが出来る。

(6)冥王星探査への波及
この作品を観て科学に触発され宇宙研究に進んだものは多い。「アナザーストーリーズ」はアメリカの冥王星研究の探査グループを統率する科学者たちを紹介する。プロジェクトチームの推進者ジョン・スペンサー博士とサイモン・ポーター博士である。
「2001宇宙の旅」は惑星探査の不思議さ、美しさ、ドラマティックさを実によくとらえていて、彼らの研究のモチベーションに常に「2001年宇宙の旅」の存在があったと語っている。
メッセージを送るのに4時間以上、到達するまで9年以上もかかるという距離の中で取られた方法はこの冥王星探査衛星「ニューホライズンズ」にエネルギー節約を目的とする探査機の冬眠であった。「2001年宇宙の旅」で紹介されている3人の科学者を人工冬眠にすることが映画制作後38年経った2006年に冥王星探査機打ち上げ時に実現しているのである。
探査機が2015年7月冥王星に接近し、詳細の写真を送ってきてそれまでのクレーターだらけではないかというイメージとは異なり3500メートルの山があり地球と同じ地質活動をしていると考えられ、太陽系の歴史を調べる上で大きな成果をもたらした。
この時探査と撮影により詳細な地形が明らかになった冥王星の衛星の山に「キューブリック山」と「クラーク山地」という名前が冠せられたことにもこの映画の後世への影響を感じることが出来る。

(7)名前の不思議な偶然
1968年12月にアメリカのアポロ8号は初の月周回飛行を行い地球に無事帰還した人類最初の衛星だが映画「2001年宇宙の旅」が公開されたのはそれより早い1968年4月で、構想・製作はさらにそれを遡る1965年には始まっていた。奇しくも船長の名はフランク・ボーマンである。フランクは「2001年宇宙の旅」の副船長のファーストネーム、ボーマンは同宇宙船長のセカンドネームだった。
コンピューターのHALのそれぞれの文字がアルファベットでHはIの前、 AはBの前、LはMの前の文字であることからIBMを意識して命名されたのではないかという推測が出て私自身も永年それを信じていた。ところが今回この作品のDVDを借りその付録として織り込まれていた宇宙船のボーマンとフランクを演じた二人の俳優(キア・デュリアとゲーリー・ロックウッド)の対談を聞いたところその意図は全くなかったと聞き数十年間定着していた自分の認識を改めた次第である。

(8)俳優たち(猿人も含め)
歴史に残る名作に出演した二人(キア・デュリアとゲーリー・ロックウッド)の対談がDVDには特別に収録されている。「2001年宇宙の旅」本編の映像2時間28分を背景にして並行しながらの対談であるが、作成の舞台裏やキューブリック監督の個性を知る上で、あるいは彼ら二人のこの作品への思いなどが語られ興味深い。
キア・デュリア:ボーマン船長
「バニーレークは行方不明」(1965年作、オットー・プレミンジャー監督)にローレンス・オリヴィエと共演、撮影中にキューブリック監督からオファーを受けた。ほかに目立った出演歴はないがこの「2001年宇宙の旅」の主役は人生さえも変えたと思われ公開50年後の今でも知名度は高く講演の依頼も多いとのことである。
ゲーリー・ロックウッド:フランク副船長
 キア・デュリア同様ほかの作品で目立った出演はない。所属事務所経由でキューブリック監督のオファーを伝えられた時、自身も信じられず「いくら払うんだ?」と聞いたというユーモラスな逸話を本人が語っている。出演歴を調べ名作「草原の輝き」(1966年、エリア・カザン監督)の出演を知り調べてみると大勢の学生の中の一人として出演しているのが確認できタイトルにも名前があった。
ウィリアム・シルベスター:フロイド博士
開始後25分経って初めて会話する人物、月面で発見されたモノリス探査を行う任務を持つ存在感ある役を演じているが他の二人同様これといった出演歴がない。「007は二度死ぬ」(1967年)に出演したようだが名前も確認できぬ程度である。
1.7ドルの費用で地球の自宅に電話する相手の幼女はキューブリック監督の愛嬢である。
猿人群:二人の対談中に「猿人を演じた俳優はいい演技をした・・・」という箇所がありあの猿人は俳優が演じたと分かった。確かにあの猿人たちにあれだけの演技をさせるのは人間でなければ無理であるがあの表情、体つき、動作はとても人間とは信じがたい。同年製作のSF映画「猿の惑星」では人間以上の高等文化を持つ猿人たちが登場するがこちらは人工的な感じである。

(9)作品の位置づけ
1991年には、米国議会図書館によって「文化的、歴史的、美学的に重要」とみなされ、アメリカ国立フィルム登録簿に保存された。日本では文部科学省が「特選」に指定している唯一のSF映画である。

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