第1回
〜 平成最後の年が明けて思うこと 〜
三木茂

 人生を歩む上で私が大切にしているものがあります。それは“縁”と“機”。吉田茂以降の歴代首相を含む名だたる政治家や多くの財界人の精神的指導者であり御意見番であった人間学の泰斗安岡正篤師の教えです。その安岡活学を次男正泰氏から毎月学び続けて今年1月で丁度160回目となります。京王線車内での妻との運命的な出会い、NTT民営化当時に出向した通商産業省(現経済産業省)で巡り会った上司がスピンアウトして設立したベンチャー企業への転身。そしてNTT在籍時の諸先輩や同期のお陰でNTTドコモに再び転職。振り返ればこれら以外にも数々の得難い“縁”と“機”に恵まれて現在の私があります。そして年が改まり平成最後の正月には、その“縁”で結ばれた私の妻はやはり尊敬すべき人物であった、という再発見のお年玉まで戴きました。
 昨年末に敬愛する大先輩田中征治氏から本稿の執筆依頼を分不相応ながら頂戴して、はて何を書こうかと思い悩んでいる内に年の瀬も押し迫り、ヒントを求めて録り溜めたNHKスペシャルを視ていたところ、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の世界的ベストセラー「サピエンス全史」と「ホモ・ゼウス」の特集に出会いました。書籍を読まれた方はご存知の通り、ここには衝撃的な格差未来が予見されており、自分が何者かを知ることの重要性が説かれています。そこで素直に自分を振り返り始めた私は、本物の衝撃に襲われることになったのです。

●私はこれまで本当に自分の頭で考えてきたのだろうか?!

 インターネットの凄まじい進展は世の中をとても便利にしてくれました。今や居ながらにして、GoogleやTwitterを用いれば知りたい情報は瞬時に入手でき、欲しいものは全てAmazonがベストプライスで手元に届けてくれます。しかもレコメンデーションというお節介付きで。このように“何も考えなくても”快適な生活を送れる社会へと変貌したところへ、AI、IOT、ビッグデータという更なるパラダイムシフトをもたらす新技術が登場してきました。これらは人間の仕事を次々と奪い、“考えることができない”人間はこれから居場所が無くなると脅迫します。
 ここでふと妻の笑顔が頭を過ぎりました。彼女は高校から音楽の道に進んだため一般教養の勉強は概ね中学まで。スマホの利用は電話、メール、娘に教わった家族とのLINEとYou Tubeでのオペラ鑑賞だけで、テレビ番組の毎週録画すら設定できない典型的なデジタルデバイドです。それが一緒にニュース番組などを視ていると、モリカケ問題や米中問題などについて説得力のある独自のコメントをするので良く驚かされてきました。私は仕事柄人と話す機会が多いのですが、その中身の多くは他人が考えたことを自らの知識として喋っているだけではなかったか。彼女は知識が乏しいが故に自分の頭で考えるしかなかった。ホモ・ゼウスが予見する未来に生き残れるのは、実はデジタルデバイドの妻の方であって、私ではない。と、脳天を痛打された思いの年明けとなりました。
 そこで、生業とするICTの観点から現在の社会を考察してみました。インターネットは情報革命を起こして情報の常識を一変させた一方で、今や欲望にまみれた株主資本主義を更に助長させてしまいました。“縁”と“機”に福音をもたらすはずのインターネットが、“円”と“(投)機”を加速した訳です。そこで今私が最も注目している技術はAIや生命工学ではなく、ブロックチェーンです。ブロックチェーンと言えば直ぐにビットコイン狂騒が思い浮かびますが、これはフィンテックへの応用例に過ぎません。ブロックチェーンは極めて高セキュリティな分散型台帳技術と大雑把に定義できます。しかし、インターネットが情報革命を起こしたように、ブロックチェーンは貨幣に代わる価値革命を起こせるとんでもないポテンシャルを持っていることが、その本質です。国家などの中央管理者が発行する貨幣が信用を担保する資本主義経済に対する、中央管理者のいない所謂トークンエコノミーです。
 貨幣を追い求めるのではく、人に優しい、地球に優しい、良心に基づく行為全てに価値が認められてトークンとして流通するプラットフォームが確立されれば、貧富の差は意味が無くなり、争いも起こらず、ホモ・デウスの未来に誰もが幸せになれる社会が実現すると思います。トークンエコノミーは、“徳”エコノミーなのです。私が大切にする“縁”も“機”も“徳”がベースにあってこそ価値をもたらします。今年5月に改元となる新たな世に、そのような社会が実現することを心から願っています。

株式会社ドコモCS関西常務取締役
兼 株式会社KDC代表取締役社長
三木茂

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