第11回
〜 “主役は譲らない!” ・・・がんばれ、老優たち 〜
スクリーン憧子

 数十年も昔に観た映画が今でも鮮やかな残像と感激を伴っているのは、若い頃の感受性の強さだけに負うものではなく、映画館という限定された空間と時間の中で集中して鑑賞したという環境によるところが大きい。
 その点NHKBSプレミアム平日午後1時からの「プレミアムシネマ」は映画ファンにとってありがたい番組である。往年の名作を原作通り忠実に放映してくれる。途中でCMが邪魔することはなく無礼にもカット・短縮することもなく、必然的に映画館での鑑賞と同じ環境で集中心を持って観ることになり印象も強力である。
 最近の番組で2020年2月放映の「コクーン」と「コクーン2:遥かなる地球」は大変ありがたかった。初めての鑑賞だったが内容は未知だったため「ちょっとだけ観てみよう」・・・くらいの気持ちだったが最後まで引き込まれる内容だった。
 見終わったあと胸にキュンとくるものが残る久々の感覚である。翌日すぐにその続編である「コクーン2:遥かなる地球」が放映されることがわかりその日は午後1時を待ちかまえて観ることになった。
 果たして期待通りの出来映えで久しぶりに心を揺さぶられるものがあった。早速この二作品の経歴を調べてみると1985年と1988年作品で、すでに30年以上経っていることが分かった。
 作成年度を調べて気付いたのはこの頃老人を主役にした名作が結構作られていたことだった。
 「コクーン」が1985年、「コクーン2:遥かなる地球」が1988年に続編で続き、「八月の鯨」が1987年、「ドライビング ミス デイジー」が1989年に制作されている。

 すべて老優が主役を務めている・・・というより老人でなければ主役は務められないという一種新しい分野と言える作品群であった。このジャンルへ眼を向けてくれたコクーンの1、2を含めてこの4作品を今回のテーマとして取り上げたいと思う。

1. 「コクーン」

 (1985 年作、原題:Cocoon)、監督:ロン・ハワード、出演:ドン・アチニー、ジェシカ・タンディほか
 SF映画でしかあり得ないテーマながらストーリーは人間味があふれるヒューマンドラマである。舞台はフロリダの老人ホーム、数多くの老人が生活しておりそこで暮らす元気者3組の夫婦と、その仲間でありながら常に意見を異にして中々行動を共にしないうるさ型の1組の夫婦が軸となり展開する。
 アンタレス星から来た宇宙人たちは、1万年前に地球アトランティスに住んでいたが、アトランティスが沈没する前に急ぎ地球を去った。その時20名の同胞は時間が足りず取り残され、やむを得ず大きな殻の中に籠って休眠し救助を待つこと100世紀という経緯があった。
 この殻がコクーン(Cocoon:繭)と呼ばれフロリダ近くの海底に沈んでいたのだが近々地殻変動が起こる前兆がアンタレス星でキャッチされその前に救助にやってきたという状況設定だった。
 アンタレス星人たちは救出用の船と老人ホーム近くの今は空き家になっているプール付きの広い別荘を借りて海底から引き揚げたコクーンを少しづつこのプールに移動していく。アンタレス星人たちは完全に地球人の姿をして言葉を話すので見分けはつかない。
 老人ホームの仲良し3人組はこのプールに時々忍び込みこっそり遊んでいたのだがコクーンが発生するエネルギーによりすっかり若者のような体力、精力を取り戻してしまい周囲の老人たちの注目の的となる。
 友好的なアンタレス星人は老人たちのプールを使いたいという要求を受け入れる。
 噂が広まりどんどん老人たちの数が増え、中には度を越した振る舞いをする老人もいていくつかのコクーンが壊され死んでいくものも出て収拾不能の大混乱になる。
 三人グループは自分たちの要求が原因となったことを詫び打開のためには早く宇宙へ出発するよう勧める。しかしコクーンが弱っておりこのまま出発すれば帰還まで生存できない状況と告げられた。しかもアンタレス星からの宇宙船は翌日夜の皆既月蝕の時しか来ない。
 反省した老人たちは最大の応援を申し出てプールの中のコクーンを再び海中へ帰す大作業を短期で必死に決行し信頼を回復する。アンタレス星人は老人たちの行為に感謝しある提案を行った。
 それは連れて帰るはずだったコクーンに代わり老人たちにアンタレス星へ移住を勧める提案だった。30人ほどの余裕があると告げられた。
 老人ホームで生き甲斐をなくしている老人、今病気を抱えている老人たちに、不老不死、病気も戦争もないアンタレス星への移住を勧めたのである。
 老人たちは現世との別れや家族への想いなど葛藤があったものの移住を選択する。
 仲良し3組の夫婦と20名を超えるホームの老人たちはすべて移住を選んだ。
 迷わず全員が行動するだろうかという違和感はあるが永遠の命と病からの解放というものは最大の願望であったに違いない。希望もなく、死を待つだけでなく「冒険にチャレンジしよう」と決めて未知の世界へ移住する気持ちも理解できる気がする。
 中心となる3組が強い夫婦愛で結ばれているのは随所に描かれているが、移住への彼らの唯一最大の動機はこの世で伴侶の死を見たくないということだった。
 SFファンタジーでありながらヒューマンドラマであり夫婦愛、友情、近隣愛が細やかに描かれ、特に幾組もの夫婦愛には心安らぐものがある。
 劇中一発の銃声も発しないし、争いがあっても言葉と信頼を通じて共生していく世界はこの映画が意図する最大のものではないかとも考えた。
 この時期には「ゴーストバスターズ」、「エイリアン」、「ターミネーター」などのSFが登場し話題をさらっているがこの映画で描かれる異星人は友好的で、ともに助け、助けられる共生関係を作っている。
 何よりも出演の老優たちの活躍、活動に感動した。この映画で初めて知る俳優たちだが調べてみると映画・舞台の経歴が豊かでバイプレイヤーとして長年映画・演劇界で生きてきた人達である。
 ドン・アチニーはこの出演でアカデミー助演男優賞を獲得した。また共演の女優ジェシカ・タンディも重要な役割を果たしているが、4年後に「ドライビング ミス デイジー」でアカデミー主演女優賞を80才で獲得するという活躍をしている。
 SFとしての派手さはない作風ながら3年後に続編が作成されるほどの支持を得たのはおとぎ話的SFファンタジーの中で老優たちの魅力が発揮された結果と思う。

2. 「コクーン2:遥かなる地球」

(1988年作、原題:Cocoon:The Return)監督:ダニエル・ペトリー、出演:ドン・アチニー、ジェシカ・タンディ、コートニー・コックスほか)
 第1作の公開後3年経って続編が作成された。不老不死を求め信じてアンタレスへ行った老人たちの中で仲のいい3組の夫婦が地球に帰ってくる。前回アンタレス星人を地球に置いたまま帰ったので5年後にその救出のため地球に向かうことになった救助隊に同行することになったという設定である。
 ところが海中のコクーンの一つを海洋開発研究所が先に発見し引き揚げられてしまう。
 この続編ではその救出をいかに早く行い生命を保護するかがテーマとなっており地球に里帰りした老人たちがもたつきながらも決死の救出劇への応援を行い成功していく姿がスリリングに描かれ、かつ老人たちとアンタレス星人との友情、老人たちの夫婦愛、正義感、献身などが表現されファンタジーながら心を打つ作品になっている。
 3組の夫婦の描き方も、地球に帰還して昔の家族愛に引き戻される夫婦、帰ってきた地球で今生の別れを迎えることになる夫婦、意外にも新しい生命を授かり命の安全のため再びアンタレス星へ戻る群像として描かれ、特にジェシカ・タンディとその夫を務めるヒューム・クローニンが迫真の演技を見せてくれた(二人は実際の夫婦)。
 ジェシカ・タンディが公園で幼い子供相手に自分がアンタレス星に行った時のことを話して聞かせるシーンがあり子供たちの共感も得て実に楽しげに語っており見ている者を和やかにさせる場面だが運命を左右する事態への伏線にもなっている。
 彼女は子供を交通事故から守ろうとして瀕死の重傷を負い明日までは持たないと告げられるが、夫は死期が近づく妻にアンタレス星特有の念力で自分のエネルギーを注入し妻の蘇生を見届けて入れ替わるように死んでいく夫婦像は感動的である。
 研究所でコクーンから取り出されその愛すべき姿と知性で人気者になるアンタレス星人はフィルと名付けられ研究所の女性研究員(コートニー・コックス)に心を開き彼女の腕時計に音を送ることで意思伝達することができる。
 しかしアンタレス星人に必要・適切な蘇生処置がなされていないため急速に衰弱していく。迎えの宇宙船到着までにこのフィルを老人たちが危険を冒して救出する緊迫のシーンが続きこの第2作の見どころになっている。
 クライマックスは漸く救出を終えようとするとき女性研究員に発見されるが「彼は我々の友達だ。これから家に連れて帰りたい」と乞うと心の繋がりを感じフィルの生命を第一に考えている彼女はうなずいて同意した。
 やがて救出が成功したことを伝え、フィルが別れを告げるための時計のベルが鳴り始め、彼女が涙ぐむシーンがあるが緊迫した中でほっと安心させられる印象的な場面だった。
 第1作同様ジェシカ・タンディや老優たちが達者な役を務めて見ごたえのある作品になっている。タイロンパワーJr、やラクエル・ウェルチの娘など往年の名優のジュニアが登場し活躍する楽しい作品になった。

 3. 「八月の鯨」

 (1987年作、原題:The Whales of August)監督:リンゼイ・アンダーソン、出演:ベティ・デービス、リリアン・ギッシュ)
 老人だけが登場する不思議な映画、今回第11回のテーマにふさわしい作品と考え採りあげてみた。
 メーン州の小島に住む老姉妹のさして大変なことが起こることもない日常が淡々と描かれる。姉妹間の小さないさかいや隣人たちの心優しくもおせっかいな介入、家族の問題や、そう遠くもないであろう末期への覚悟などごく日常の出来事が淡々と描かれる静かな作品である。
 それでいて心奪われるものが全編を通してあるのはなぜか考えてみると登場する俳優たちの円熟の演技だけではない出演者が本来備えている個性そのものが醸し出す魅力なのだろう。
 主演の女優二人はアメリカ映画の歴史を作りあげてきたと言っても過言ではない存在である。
 ベティ・デービスはアカデミー主演女優賞に11回ノミネートされ2度受賞し数々の映画でその存在を知られる名優であり、この作品でも老いて失明し不自由な暮らしの中頑固で周囲にも遠慮せず口やかましい彼女本来の個性を発揮する。
 一方リリアン・ギッシュは映画創成期の無声映画時代を代表する女優とされ、この「八月の鯨」では94才という高齢での出演ながらベティ・デービスと反対の優しくつつましく周囲に心遣いをしながらわがままな姉と暮らしていく姿を見事に演じている。
 彼女の個性である優しい表情や顔、眼や口で心情の機微が感動的に表現されている。
 しかし往年の二人の活躍を知る者にとってはその老人ぶりが痛々しくもあった。
 俳優の老け役は通常メイクや演技によって表現されるがこの映画の二人はまさしく実際の姿そのものである。背は曲がり足元もおぼつかない。
 しかしそこはハリウッドで一時代を画してきた筋金入りの名優二人である。わずかな表情の変化や喜怒哀楽の表現、発声の仕方、体の動きに観るものを引付け納得させて止まない実力を感じ、派手さのない抑制された作風ながらこの実力者二人の姿から目を離すことはできなかった。
 これまでベティ・デービスの映画を鑑賞してきたが1938年の「黒蘭の女」や1942年の「情熱の航海」、1950年の「イブのすべて」などにみられる廻りを圧するようなあの大きな目と動きは既にない。彼女はなんとこの映画の2年後1989年にも出演しこの最後の作品の後に81才で永眠した。映画にささげた不屈の魂は映画史に輝いている。
 8月になると沖合を通っていく鯨を観ることを生き甲斐にして暮らしていく超高齢の姉妹と周囲の住人たち、平凡な日常のさりげない出来事に共感しながら心静かに鑑賞できる映画だった。もともとは舞台劇の映画化なので登場人物は7、8人と少ないがすべて老人の配役という例のないものながら印象に残る作品である。
 俳優としてはハリー・ケリーJrが島の住人の一人で登場している。1950年代に「リオ・グランデの砦」、「三人の名付け親」、「捜索者」などジョン・フォード西部劇の常連で出演し乗馬の名人だった頃のやせっぽち男から横幅もがっちりしてよくしゃべる賑やかな老大工になって登場していたのは懐かしい再会だった。

4. 「ドライビング ミス デイジー」

 (1989年作、原題:Driving Miss Daisy)監督:ブルース・ベレスフォード、出演:ジェシカ・タンディ、モーガン・フリーマン、ダン・エイクロイド)
 ジェシカ・タンディとモーガン・フリーマンという今回のテーマに最もふさわしい二人が共演した名作である。オリジナルは舞台劇であるが映画化され監督、脚本、俳優の卓越した能力でその年のアカデミー賞の4部門を獲得し米国内のみならず国外でも大変な賞賛と興行的成功を収める作品になった。
 特にジェシカ・タンディはアカデミー賞の長い歴史の中で1989年度の第62回アカデミー主演女優賞を80才という過去最高齢で受賞し同年の第47回ゴールデングローブ賞・主演女優賞も受賞した。
 共演のモーガン・フリーマンは本作品でアカデミー主演男優賞にノミネートされ受賞はならなかったが同年のゴールデングローブ賞・主演男優賞を受賞している。
 さらにジェシカ・タンディの息子役を務め主役の二人を暖かく見守り背後で様々な心遣いをする息子役をダン・エイクロイドが好演し同年のアカデミー助演男優賞にノミネートされるという主要な三人の質の高い演技力によって作り上げられた作品だった。
 物語は大戦後の1948年から始まり、マーチン・ルーサー・キング牧師の公民権運動期を頂点に長い時間の展開の中で描かれる。
 タンディ演じる女性は、永年教師を務め教養も高く差別を良しとしない高潔な人格を自認してきた人生であったが公民権運動のキング牧師が演説で語る“差別偏見を持たない主義ながら無意識に差別を行っている”ということばに自分が本当の差別を理解していなかったとフリーマン演じる運転手に指摘されて気付き愕然とする。
 女教師と黒人運転手という異種の人間であるが基幹にある人間性の純真さと人間愛でこの二人が心からの友人となっていくところに万人に訴え支持されるものがあった。
認知症になってしまう最晩年に運転手を認識し「あなたは最高の友人よ」というラストは心にしみるものがある。

 前々項のコクーンでもジェシカ・タンディの活躍を紹介しているが、英国出身、若い頃は名優ローレンス・オリヴィエと舞台で共演し、1947年にはブロードウェイで「欲望という名の電車」の舞台に立ち、トニー賞を受賞するなど筋金入りの修行時代を経ており、表情,動作に現れる凛とした存在感の根拠が理解できる。
 一方このデイジーに仕えていく運転手を飄々と見事に演じているモーガン・フリーマンはこの映画出演までは主役を務めた俳優ではない。1937年生まれだからこの映画の時は既に52才で遅い開花であるがその後の活躍は目覚ましく大俳優としてまた監督としても活躍を続けているのは周知の通り。
 宇宙工学や航空工学などの科学分野に造詣が深い人物で映画、テレビでの科学番組の解説やナレーターとしても広く活動している。
 決して派手な展開や刺激的な場面がある作品ではないが、二人のユーモラスなやり取りとゆったりとした展開がテーマのシリアスさと融合して名作を作り上げた。
 保守的な南部が舞台となっているが、私の映画友達で米国生活も長く英語が堪能な知人によれば南部訛りの文法ミスだらけの英語をモーガン・フリーマンは完璧に話しているらしい。
 ジェシカ・タンディはこの作品の後も5作品に出演し1994年に85才で没している。
 製作者、監督たちがこの二人の特質を見出して起用したのは映画界にとって快挙だったと言えるだろう。

 今回の4作品を評しながら、すでに1980年代に老優たちの活躍を通して、来るべき超高齢化社会における私たちの生き方や考え方などにヒントを与えようとする映画が出来上がっていたことに感動を覚えた次第である。

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