第6回
〜 誰がこれを造ったのか、土木構造物の無名性からの脱却(シニアからのメッセージ) 〜
栢原英郎

■ 栢原英郎氏プロフィール

 1964年北海道大学(工学部)を卒業後運輸省に入省し、港湾局、海運局に勤務して1998年に退職。この間、総理府青少年局、経済企画庁、国土庁などの他省庁、海外技術協力の財団法人に出向。経験した仕事は港湾関係の仕事のほか、「新全国総合開発計画(新全総)」の総点検、「三全総」「四全総」の策定、インドネシア、ナイジェリア、タイ等での海外技術協力業務など。公務員最後の2年間は、運輸省の所管する技術行政を総括する技術総括審議官を勤めた。
 運輸省退官後は、社団法人日本港湾協会の理事長、会長。社団法人土木学会の会長をつとめる。2008年「我が国の地域開発モデルの研究」の論文で博士(工学)号取得。


■ コラム

(銘板の設置)

 本州と四国を結ぶルートにある「明石海峡大橋」は、スパン長(主塔間の距離)世界一を誇る吊橋である。1963年に完成した「黒部ダム」は、今日なお多くの観光客に感動を与えている。しかし、これらの構造物を誰が中心となって設計し、誰が責任者となって工事を進めたかが語られることはない。一方、その作品群が先ごろ「世界遺産」に登録されたル・コルビュジエの作品の一つが上野の森にある「国立西洋美術館」であることは多くの人々が知っている。話題を呼んだ2020年の東京オリンピックを目指して建設される新国立競技場は、誰が設計したのかが当然のごとくニュースとなった。帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライト、東京都庁舎を設計した丹下健三など、建築の世界では設計者抜きで建物が話題になることはまれである。土木構造物と建築建造物のこの差は一体どこから来ているのだろうか。

 筆者は平成20年度の土木学会会長を務めたが、会長が任期中に出すことになっていた「特別提言」のテーマに、私はかねてから気になっていた上記の問題を取り上げて「土木構造物の無名性からの脱却」を訴える提言書をまとめた。その提言の結論は、「土木構造物の完成時に、建設の目的、設計の責任技術者名、施工の現場責任者名を記した銘板を設置すること」というものだ。

(土木構造物と無名性)

 工事に関わった人物の名を出さないのが理想である、あるいは男のロマンであると考えている土木技術者は多い。そのことをよく伝えたのが1969年に曽野綾子氏が書いた「無名碑」という小説である。山奥でダムを建設する主人公とその奥さんはこう語る。「僕の仕事は一生どんないい仕事をしても個人の名前は残らない」「(名前を)書かないのがすてきだわ」。

 この小説には、土木技術者あるいは土木構造物に対する筆者の二つの思いが書かれていると感じる。一つは完成した構造物そのものが記念碑であると考えるのが土木技術者のあるべき姿であるという理想、いま一つは「無名碑」であることが土木構造物の本来の姿であるという思想である。

 何故このような考え方が広まり、支持されているのだろうか。

 一つは土木構造物の性格(機能)による。

 土木構造物の多くは社会資本infrastructureである。ラテン語に語源を持つinfraという言葉は「下位の」あるいは「下部の」という意味を表し、社会資本が「縁の下の力持ち」であることを言い表している。縁の下の力持ち、いわゆる黒子が舞台の上に立ち自分をアッピールするのはおかしいし、又、公共事業が個人の手柄となることも避けるべきであるという考えもあったと思われる。

(世界の状況)

 このような考え方は世界共通なのだろうか。

 そうではない。海外に行かれたら町中に掛かっている橋、大きな駅舎などを注意してみていただきたい。ほとんどの橋は橋柱に、事業者、設計者、施工者の名前を掲げた銘板がはめ込まれている。

 イギリスでは、2002年にBBCが国民投票で「100名の最も偉大な英国人(100 Greatest Britons)」を選定したが、1位はチャーチル、2位にはブルネルという機械並びに土木技術者が選ばれている。ちなみに3位はダイアナ妃である。パディントン駅のコンコースにはブルネルの等身大の坐像があって行きかう人々を眺めているし、イギリス西部の港町ブリストルでは、中央駅、近郊のクリフトン吊り橋などがブルネルの作品であり、街全体がブルネルの街といった雰囲気である。また、北の都エジンバラの公園の中央には土木技術者スティーブンスの記念塔がそびえている。

 我が国でも「琵琶湖疏水」の田辺朔朗(たなべさくろう)、「小樽築港」の広井勇(ひろいいさみ)、「大河津分水」の青山士(あおやまあきら)など、構造物と技術者の名前が共に語られる例はあるが、これは無名性からの脱却ではなく歴史的な建造物の「顕彰」の意味が強い。

(名前を出さないのは不都合だからと考えている国民が多いという事実)

 この検討を進めていく中で、我々にとって大きな衝撃であったのは、「土木事業で名前を出さないのは悪いことしているからだ」と考えている人がかなりの比率でいるという調査結果であった。こうなると「男のロマンである」などとは言っていられない。

 土木界において無名性が続いた結果、土木構造物に関連して人が登場するのは、何か不祥事が起きた時のみといっても過言ではない。さらに、「公共事業・政治家・悪」という定型で発想し、語る学者や評論家、マスコミ人が多く、その結果、一般国民までもが土木事業は裏で悪いことをしていると見ているという事実は、一刻も早く払拭しなければならない。

(名前の出ない世界に若者はあこがれないという事実)

 今も昔も、若者は名前の出ない世界には憧れない。ヒーローになれない世界に若者は関心を持たない。

 先のオリンピックを語るまでもなく、我が国での水泳、体操、卓球の裾野の広がりは、古くから多くのヒーローが生まれているからではないか。冬のオリンピックのフィギュアスケートも同様。今回のリオパラリンピックは、我が国の、障害を持つ多くの人々に挑戦する目標を与えたと思われ、障害者のスポーツ人口が急激に増える可能性がある。

(無名性からの脱却の方法)

 土木技術者は、社会的責任を明らかにするために、土木構造物の傍らに銘板を掲げることとしたい。

 設置場所は、構造物が見渡せ、人々の目に触れる場所、たとえばダムや大型橋梁の展望台、橋詰の小公園、街中の橋梁であれば橋柱などである。

 銘板には図のような項目を掲げる。

基本的な事項  事業あるいは構造物の名称
事業あるいは構造物の目的
完成時期あるいは工期
事業主体名と代表者名
設計会社名/実質的な責任技術者名
施工会社名/実質的な責任技術者名
選択的な事項  構造物などの技術的な特徴
受賞・表彰歴

(結び)

 「黒部ダムは誰が造ったのか?」と問われて「石原裕次郎」という答えが返ってきたという冗談がある。

 多くの観光客を集める「黒部ダム」に銘板はあるか。ある。しかしそれは、上記のような銘板ではない。ダムの右岸側の取り付けの崖にはめ込まれたその銘板は、171名という工事の殉職者の名が刻まれた追悼のための記念碑である。土木構造物の現場にこのような追悼の碑は多く見かける。忘れてはならない人々の名前であるが、共に工事をし、完成の日を迎えた仲間の名が埋もれたままで殉職者は本当に喜んでいるのだろうか。

 「誰がこれを造ったのか」、一人でないのは当然である。しかし、一人の名前も出さないことがどれだけのマイナスを生み出しているかを、真剣に考えるべきであるという思いはますます強くなっている。


■読後の感想

 この建物は誰が設計したのか。東京駅は辰野金吾、帝国ホテルはフランク・ロイド・ライトといった具合に容易に出てきます。一方、首都高速道路は誰が設計したのか、或いは東京湾のレインボーブリッジはと問われても一般には答えられないでしょう。
 本コラムで栢原さんが指摘しておられるように土木構造物の世界は確かに誰が設計し、誰が施工したのかが話題になることは少ないようです。「無名性を持って良し」とする風潮が日本では伝統とされてきたのかもしれません。しかし欧州では、結構、土木構造物にも個人の名前が残されている例が多いとのことです。
 日本と外国のこの差を改めなければならないという強い信念を持っておられることを栢原さんは示されました。私もこのコラムを読んで、土木構造物に個人の名前を残すことの意義を理解し、それが実現することを強く支持したいと思うようになりました。
 この「無名性からの脱却」という運動論が我が国の土木事業に携わる人達のみならず、広く市民レベルにおいても支持者や賛同者が増えていくことを願ってやみません。(田中記)

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