第5回
〜 どうした日本、何とかなるか?(シニアからのメッセージ) 〜
桑原洋

■ 桑原 洋氏プロフィール

1960年東京大学電気工学科卒業、同年日立製作所に入社。制御用計算機の開発に従事し、ハード、OS、言語などの開発を行う。その後、計算制御システム設計業務に移り、化学、発電、生産自動化システム、鉄鋼などのプラント制御システムを担当、発電分野では自動化技術習得のため米国に渡る。
取締役、常務、専務を経て1995年副社長に就任、機電システム、情報システム、半導体部隊を順次統括、1999年初代副会長となる。
その後、総合科学技術会議議員を兼務、2年間、国の科学技術政策に従事した。副会長に復帰後、2002年日立製作所取締役、日立電線、日立国際電気、日立マクセルの代表取締役会長を歴任、2006年日立製作所特別顧問となり、衛星測位利用推進センター、海外水循環システムセンター、科学技術国際交流センター、横断型基幹技術協議会等の理事長、会長そして日本工学会副会長、JST監事などを歴任した。
現在、日立製作所名誉顧問、日立マクセル名誉相談役。


■ コラム

 最近思うこと、それは日本の先行きへの不安である。明治維新の最中、若き革命の士を中心に日本の将来を熟考し改革へ動いたあの力強い気概が見えない。何となく時の流れに乗じ、平均値に甘んじ、自ら進んで思考、悩み、議論し、行動する「考える葦」はどこへ行ったのであろうか?
 イノベーションは念ずるだけ、日本発の新たな流れはまるで見えない。このままでは日本沈没である。何とかせねば。
 それには、先ず何がおかしいかを皆で見定める必要がある。いろいろご意見もあろうが、重要と思うものを纏めてみた。

1)「考える葦」を生み出すには教育の改革が不可欠

 考える教育はどうなったのか?今の塾、初等、中等教育そして大学までも、知識の習得を重点化し、問題を見つけ解決する思考力の研鑽教育はまるで不十分。責任ある社会人を輩出する気概が学側に見えない。

 これは早急に改革が必要である。クラスの級長を選ぶに際し、立候補させ、自分の方針を明確にさせ、発表させ、皆で投票し選ぶ。こんなことが他国では常識である。大学の入学でのオリエンテーションで、「君は何の目的でここを選んだか?将来どういう仕事をし、どういう人生を送りたいと思っているのか?」と聞かれ、ほとんどが明確に答え、対応するカリキュラムを推奨される他国と日本はまるで違う。日本の大学のオリエンテーションではこんなやり取りはまずない。無思考通過極まりない。考える教育の機会はいくらでもある、日本の教育機関は猛省し、考える教育の強化をして欲しい。家庭内教育も同類であろう。

2)選挙に行かず政治批判する自己矛盾

 日本での選挙は、投票率が極めて低い。他の民主主義国と比べても恥ずかしい限りである。一方、政治批判はマスコミも含めて無責任極まりない。共に考え、どうしたらよいか、自分の考えをしっかり持って議論に参加する姿を見たいが叶わない。問題を断片的に見るのではなく、先ずは真相を理解し、総合的な判断でどこをどう処理したいのか、これに基づいての議論が戦わされる姿を見たい。日頃の訓練が不在である。

 一方、政治もなお弱体である。国の先行きをよく見通し、政治、経済、国防、社会のあり方など国民と議論し、共に進化する見識と実行力に欠ける。国民の側にもこれを政府に要求する姿が見えないのも問題である。政治家を含めて、国民一人一人の自覚と現状からの脱皮が欠かせない。選挙のときだけの議論、批判は底が浅い、国に根付かない。

3)イノベーションは無いものネダリ、出てくる土壌なし、困った。

 真のイノベーションは、世の中に無いものの発案である。改善ではない。日本の20世紀は改善力で世界を制した。新しい日本発の製品はウォークマンしかない。他国が定義、発案した製品を多量に安く生産し、経済的発展を遂げた。これはこれで素晴らしい力であったが、イノベーションではない。今求められているのは新たな発想、発案である。

 次はどのような社会になるか?なりたいか?ならざるをえないか?この問いに、周囲の状況をよく見ながら、自分で考え、推測し、友人たちと意見を交換し、議論し、社会の要求に応えてくれるものの発案にたどり着かなくてはならない。この原点は解決したい事項の発掘と顕在化である。課題はいくらでもある。新しい技術的可能性を考えながらの発掘作業である。勉強しても叶わない。たゆまぬ考察力と挑戦心がすべてを制する。今日本は世界といい勝負ができているか?全くできていない。誰がこれをやるべきか?誰かがやってほしいと周りを見渡す。だめ!自分が中心になってやろうと思わない限り実現しない。頼れる起業化軍団がいればいいが、見当たらない。企業が狙うべきテーマを熟慮して定め、従業員の中から開発軍団を選出し、やらせる活動を起すのが一番早く、資金力も心配なく、有効であろう。思えば、海外の成功ベンチャーは、発案し率いる社長が自ら先頭に立って経営から技術開発、資金集めまで全力で取り組む。必要な人材は自分で集める。これでなくては成功しない。日本でこれを期待するにはもう少し時間がかかる。ならば、企業の長、社長の意識改革を求めたい。理があると思う。新しいシステム開発を大学に頼むようでは実現しない。大学などには必要な技術開発を明確に示し協力してもらおう。頼れる大学になるにはもう少し時間がかかる。大学が社会にもっと近くなるまで待たなくてはなるまい。

 それにしても、やるには執念と負けじ魂が無くてはならない。まだまだ日本にはいる。動機を与えればやれる人材は必ずいる。探し出せないはずはない。

4)成長戦略は、企業の意志を明確にしつつ国と企業の連携へ

 企業は将来の市場を予測し、したたかにこれに備え戦略を練る。これは基本的には企業秘密であり外部には出さない。しかし、これからは、多種技術融合、統合の時代である。自己中心でなく、協調の中でのイノベーションを狙う世紀だ。協調するには協調相手に方向を開示する必要がある。これを上手く安全に行う術を身につけなくては生きて行かれない。真剣に新しい方策を見出すべきテーマである。工夫すれば、必ず出来る。

 外国の研究機関に研究依頼するには、目的を明確に示し確固たる意志を示さない限り受けてもらえない。研究成果が出ない限り研究機関は業績評価されない、次の研究依頼が来ない。よってこれは当然である。日本ではこの点がお互いに甘い。これでは進まない、期間内に成果を期待し得ない。改善へ動くべきは企業である。20世紀の人まね思考から脱却しイノベーションを語るには、これは欠かせない。企業の怠慢は、政府が大いに指摘、改善を求めるべきと思う。が、その前に「自分はこうする、よってここを支援してほしい」と企業は政府、研究機関に申し入れる関係が次代の発展をもたらすものだと信じる。互いに、真摯に反省し、協力して新しい可能性にチャレンジしたい。

 ところで、次はどこを目指すか?どういう製品、システムで企業の発展を目指すか?これこそ株主総会での重要提示事項であろう。各社の「定時株主総会招集ご通知」をみても、その総計として日本全体の将来像を想像するのは不可能に近い。IRもきれいすぎて、助け支援する側から行動を起す起爆剤にはなっていない。新たな工夫が必要である。現在主要大学で、産学連携組織が出来ているが、今までの延長上にあり、将来を楽しみにできる形になっていない。形はあるが動けず。各社経営幹部の再認識が必要である。今は、誰も叱る人がいない。幹部が自ら動くことこそこれからの日本を救ってくれる。 

5)政治は国の中長期的発展の道筋を明確に示し発展を牽引すべし

 日本の官僚組織は極めて強力である。絶大な権限を持つと共に、分析力、思考力も優れている。なのに、なぜ、国の成長戦略が常に論ぜられ、設定され、修正されつつ、着々と推進されないのであろうか?答えは簡単、それを任務とする組織上の機関がない。各府省の設置法を見ると、明確に縦割り任務が定義されている。ならば、全体は誰が、どの機関が考えるのであろうか?これが見えない。日本を論ずる所がない。内閣府の設置法には、府省間の調整業務はあるが、全体統括業務は設定されていない。つまり、官僚組織で国の成長戦略を立案する任務を持つところがない。

 これだけ優秀な人材が整備され各種分析能力も十分あるのにもったいない。誰が変えられるか?政治に期待するのが手っ取り早い。議員立法を含めて早急に改革されることを期待したい。これが出来れば、大きな幅の広い議論が常に社会全体に存在し、必要な構造改革、規制改革、新たな研究開発、事業計画などが湯水のごとく湧き出てくる。統括判断の下、重点化され選ばれた方策が力強く推進される日本を見たい。夢にしてはならない。

6)標準化を先頭に掲げる非常識

 標準化された市場に参入するのは、なかなか難しい。条件整備をせぬ限り参入は困難である。最近、日本が先手を取って標準化を主導したいと努力する姿を時折見る。大きな間違いである。まずは、新しい魅力あるイノベーションを提起し、やってみて、社会の反応を受けながら成長させ、大きく広がったことを見届けて、さらに世界に効率的に広げるために、実績に基づき必要な標準化を提起し推進する。これこそ真髄であるべきであろう。

 悪い実例をあげると、より効率的な通信方式を開発し、これを技術的視点のみで、世界に標準化提案する動きを時折目にするが、これは、改善への標準化に過ぎない。全面否定するつもりはないが、これが主流と考える国は世界のイノベーションのリーダーにはなれない。猛省が必要である。

7)日本半導体産業衰退の反省

 なぜ衰退したか?市場のニーズについていけなかった。発展した1980年代は、論理回路はディスクリート、メモリが半導体集積素子であった。メモリの論理的構造を決めたのは米国、日本は生産技術、製造装置で世界を制し、世界シェアは一時50%を超えた。投資資金もあった。しかし、しばらくすると生産設備の海外販売に伴い、海外の技術は急速に追いついてきた。また、時代は、ディスクリートも半導体化の時代に突入する。

 論理素子は、その機能が適応分野ごとに異なる。ここでの事業は、適応分野についての知見が十分にないと、顧客との打ち合わせをするのも難しい。日本の半導体部隊が、いち早くこれに気づき順次能力を整備して行けたら衰退は起きなかったはずである。実体はそうでなかった。半導体技術者の集団の域を超えられなかった。技術も、通信、ネットワーク、各種IT端末、OA,カメラなど急速に広がり、欧米からの帰還技術者で迎え撃った台湾勢に完璧に負けた。安住し、技術に自己陶酔し、先を見れなかった部隊の悲劇であり、反省するところ大である。

 今、周囲を見渡すと、ナノテクで同じようなことが起きかけている。技術主体で、応用不在あるいは弱体で雄姿が見えない。こういう分野は、応用する側が先行しないと世界に置いて行かれる。つまり、製品を販売する側でニーズに対応する技術を引っ張らねばならない。イノベーションと同じく、ここがうまく行っていない。経営陣がナノテクを使って何をやるべきか、何ができるか、分かっていないのではないか?企業軍団の奮起を促したい。

8)又もやビッグデータ、AI,IoTに踊らされ、自らを失う日本

 日本人の世の中の動きに対する鋭敏さは驚くほどである。自分で考えないから、常に何かないかを探しているのであろう。他動的である。困ったものだ。基本的には、初等教育からの教育改革を避けて通れない。が時間がかかる。しかしこれ以上の後追いは止めたい。先行する日本でありたい。

 ならば当面どうできるであろうか?企業など組織の幹部が先行し動けば部隊全体が動く資質が日本にはある。これを活用しよう。中心になるべきは社長、組織の長である。ここから発すれば、幹部の意識改革は比較的短期に可能である。意識があれば動ける力は日本に健全に存在している。若い人に任せ、成果を待つ姿勢は責任の放棄と心得たい。動けぬ、動かぬと見れば自ら動くしかない。両者が見合って動けぬ実態を打破せねばならない。レンタルも後追い、クラウドも後追い、IoTも、AIも、なにもかも後追い。しかし、これらはいずれもITの一部。これからはシステムの時代。ITは必要な道具となる。システムは、無機体、有機体に拘わらずものの本質を捉え制御し最適解を求める分野。広範な産業分野で多くの経験を持ち、老齢化を含む新たな社会経験にさらされ、残念ながら災害も多い日本。今こそ日本のチャンス到来である。ここで先行する決意が必要、やれば出来る。

 最近企業などで、社外取締役の存在が重要視されている。企業統治の中で、「経営の妥当性」は、経験豊かな社外取締役が補完できる大きな役割の一つである。「経営の妥当性」を広く捉えて、企業統治の内容充実の一環として、ここに気が付かない企業を立て直すのも有効であろう。

以上、各項を纏めて見ると、「とことん考える」ことの欠如が致命的問題と要約出来そうである。 

9)それでも日本は素晴らしい

 日本の自然、風土、歴史、文化、どれもこれも素晴らしい。日本の味覚も素晴らしい。改善力も素晴らしい。一人一人の危険予知能力も超一級である。可能性はまことに大きい。自信をもっていい。

 農林水産業改革、観光事業拡大、医療事業の高度化、拡大など、政府もそれなりに努力している。それなりの成果も出つつある。

 ここで、製造、サービス産業が遅れを取ってはならない。 それには、過去を振り返り、反省、修正が欠かせない。過去の失敗、失態を直視し、強い意志ある運営でこれを修正し、関係者全員、「とことん考え」、知恵を絞り頑張ろうではないか。


■読後の感想

 今回のコラムを読みながら、先日、大手紙の夕刊で読んだ有名作家のエッセーを思い出しました。そこでは、『ある小学校で先生が女子生徒に「上品な色とは、どんな色ですか。」と聞く。すると生徒が「灰色です。」と答える。先生は「へえ、灰色が上品な色ですかね。鼠のからだの色ですよ」、すると教室が笑いの箱に変わった。生徒は、ここから逃げ出してしまいたい、と思いながらくちびるを噛んでうつむいた。』とのくだりが紹介されていました。作家は、「多様性の教育」こそが、これからの日本にとって大事ではないのかということを訴えたかったに違いありません・・・。
 20年ほど前の桑原氏にまつわる強烈なシーンを覚えています。ある工業団体の会合で意見交換が行われていました。そこでは大手企業から移ってきた役員が一つの意見を述べると、他企業の役員たちはこれにおもねり、追従するような態度がありありでした。そのような中にあって、桑原氏は真っ向から反論を述べ、その場の雰囲気が熱くなったことを思い出します。私はその時、自分の意見を堂々と述べる桑原氏の態度に「サムライのイメージ」をだぶらせながら聞き惚れていました。以来、尊敬する兄貴としてご厚誼をいただき、私自身も人生の節目ごとにいろんな相談をしてきました。
 今回、桑原氏は、『どうした日本、何とかなるか?』という強烈な問題意識のもとに、教育、社会、経済、行政、政治等の様々な断面を切り取って、その憂いを談じていただきました。この文脈の中で、同氏は、自然、風土、歴史、文化、どれをとっても素晴らしい国「日本」をこれからさらに世界に伍して発展させていくために、「とことん考える」ことの重要性と意義を訴えていただきました。
 私も全く同感であり、さあこれから「ICT分野でのオープンイノベーション」を目指して、「とことん考えてみよう」という勇気が湧いてきました。(田中記)

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